コラム TAKESHITA SANGYO

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コラム 賢人の思考 ~コロナが映し出す人々の脆弱性~

2020.05.25

2017.02.13-22

定年退職後も大学院の博士課程に通い、学びの足を決して止められない、石川雄一先生に「コロナが映し出す人々の脆弱性」というテーマでコラムを書いてもらいました。

今までわたしたちが経験したことなないことが今、まさに起こっています。

このような危機において、わたしたちがどのような態度で臨まなければならないのか、石川先生が述べられています。

みなさまも考えさせられる文章だと思います。ぜひお読みください。

 

【著者】

石川 雄一 氏

石川雄一氏

【プロフィール】

慶應義塾大学経済学部卒業後、東京海上火災保険株式会社(現:東京海上日動火災保険㈱)に入社。主に国内営業畑を歩み、近畿業務推進部長、札幌中央支店長などを歴任。

55歳で自動車メーカー保険代理店の常務取締役となり、経営と人材開発に尽力。

退任後、大型自動車メーカー関連会社参与を経て退職。

 

2017年に立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科入学し、2019年3月に修士課程修了。MBA(経営学修士・社会デザイン学)。

2020年4月からは新たに立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科博士課程に在籍し、企業組織に関する研究の傍ら、セミナー講師など精力的に活動している。

 

 

テーマ : コロナが映し出す人々の脆弱性

 

 世界中の人々をコロナが支配しています。行動規制のきっかけとなった3月の3連休から早くもひと月経過しましたが、感染者数はいまだ減少傾向になく、任意であるはずの緊急事態宣言が、徐々に全体主義的に変わろうかとしています。県境で他県Noの車を止めて訪問要件を尋ねるなど、映画「翔んで埼玉」がジョークではなくなってきました。

 

 人は事故や病気にあうと気弱になり、優しい気持ちになり、こころの脆弱さを露わにします。コロナは全世界的に差別なく蔓延しているという点で、かつての戦争を超えたムーブメントを生みます。一部には相変わらず他人のせいにし、ののしり自分の正当性を声高に言う政治家もいますが、これは少数であり、正常な政治家はむしろ連帯を志向していることは間違いありません。

 

 この騒ぎの中で特徴的に現れている現象があります。それは、行動を制限され、家にいて誰にも会えない状態になると、他者とのつながりを強く求めるということ。その求め方は様々ですが、特にSNS上での発信が急増することや、善意で行う不確かな情報発信など、おせっかいともいえる行動に現れています。

 

 特に目立つのがコロナに関する情報発信です。一時、日赤病院の医師から拡散希望として、まことしやかな内容のメールが出回りました。LINEやemailで同様の内容が様々な人から送られてきました。しばらくして、あれはガセだったとのお詫びが送られて来ましたが、日赤への問い合わせが殺到したらしいです。

 ほかにもコロナ関連は、意外な人から突然メール等で送られてくることがあります。送信者は良かれと思っているのだし、もちろん参考になるものもありますが、コロナに関する情報はNet上に溢れているのです。

 

 最近流行っているのが「7日間ブックカバーチャレンジ」というチェーン行動です。7冊の本を紹介して次に誰かを指名してつながっていくのですが、かなりの人がこのチェーンをつなげているのです。中には、こうしたチェーンメールは好まないのだが、と断りを入れて参加する人、また自分でチェーンを切る、という人もいます。

スポーツ選手や芸能人がテレワーク方式でおこなうパフォーマンスや、家でできるトレーニング、テレワーク型コンサート、ONE -TEAMになろうなどの呼びかけ、ZOOM飲み会など、枚挙にいとまがない状況です。

 

 こうした活動は、家にいてPCを見る時間が増加したこともありますが、一方では家に縛り付けられて気持ちが沈んだり、焦ったり、不安になったこころに寄り添うような、一時流行った言葉なら「絆」を確認する行動でもあります。わたしたち一人じゃないんだ、の確認です。特に、都会の孤独を感じている人が多いという証左なのかもしれません。

 

 先日NHKで、北海道知床の番屋で暮らす83歳の一人の漁師が紹介されていました。大自然のなかヒグマと共生し、近くに住みながら一度も危険な目に遭っていないそうです。ヒグマには決してエサを与えない、たとえ飢えていても。銃やほかの武器で威嚇しないが、大きな声で叱りつけると、ヒグマは去っていくのです。彼の生活にPCは必要ない、SNSもいらない、いったい何が不足しているのだろう。私たちにあって彼にないものは沢山あります。しかしそれは、彼と比較して優位でしょうか。多くを所有し、過剰アクセスできることが生きるために本当に必要か。都会にあって溢れかえる物や場所に囲まれ、あなたたちは豊かですか?

 

 コロナを機に世界有数の哲学者、社会学者や経済学者が、一斉に今日の資本主義や民主主義に疑問を示し、根本的に見直すべきだとのコメントを発しています。

もっともこれもある意味、おせっかい情報の一つかもしれません。これまで「喉もと過ぎれば熱さ忘れる」ことを、幾度となく繰り返してきた歴史がありますから。

 

こうした非常時にとても大切なのは「私たちは、これらを正しく判断する能力を持っていない」ということの自覚です。反射的な言動は慎むべきです。一瞬立ち止まり、そして考えること。思考停止に陥って反応することほど危険なことはありません。

 

ネガティブ・ケイパビリティという言葉があります。

英国の詩人ジョン・キーツが1817年に記しました。日本語の適切な訳はないようですが、「不確実、未解決のものを受容する能力」、「容易に答えの出ない事態に耐えうる能力」、という意味です。

 

私たちはとかくすぐに答えを求めます。答えが見つからない状態は不安です。だから今まさに、こうした宙ぶらりんな状態に耐える能力が求められているのです。謙虚なこころを持ち、立ち止まって熟考し、周囲に惑わされることなく自律的に生きることが極めて重要だと考えています。

 

この文章も、おせっかいコメントでしょうが・・・

 

2017.02.13-22

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