コラム TAKESHITA SANGYO

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コラム 賢人の思考 ~新型コロナ肺炎蔓延で感じたこと~

2020.06.22

2017.02.13-22

銀行広報部長時代に危機対応を経験された八星 篤 先生に、新型コロナウィルスによる危機の現況を観てどう考えておられるか、コラムにて書いていただきました。

私も以前ある先輩から「神は細部に宿る」と言われ、「細かいところに神様が宿るので、細かいところこそ、こだわって仕事に取り組むことが大切だよ」と教えられました。

危機対応においても「神は細部に宿る」が重要だと八星先生が述べられています。

今、わたしたちはどのような思考をしなければならないのか、八星先生が教えてくれています。ぜひご一読ください。

 

○つくだ社会科学研究所ホームページURL

https://www.8-star.jp/index.html

 

○著者

つくだ社会科学研究所

代表 八星 篤(はちぼし あつし)氏

八星 篤氏

1972年 東京大学経済学部卒業

1972年 第一勧業銀行入行
1996年 広報部長
1997年 企画室長
1998年 横浜支店長
2000年 執行役員調査室長 兼 第一勧銀総合研究所専務取締役
2002年 みずほ銀行執行役員調査部長 兼 みずほ総合研究所専務取締役 
同年 みずほ銀行退職
2003年 株式会社サカタのタネ監査役(社外)就任
2008年 株式会社サカタのタネ取締役(社外)就任
2013年 株式会社サカタのタネ取締役辞任
現在、危機管理、経済・金融等の講演・研修活動に従事

 

八星 篤 先生は、高杉良 著『金融腐食列島 呪縛』で登場する複数の主人公の一人と言われています(第一勧業銀行総会屋事件時の広報部長時代がモデル)

八星先生がモデルとなっている映画はこちら(下記URL)

https://movies.yahoo.co.jp/movie/161694/story/

 

 

○テーマ

新型コロナ肺炎蔓延で感じたこと

「神は細部に宿る」

私のような高齢でかつ研修を中心とした自由業を営んでいるものは、3月以降仕事はゼロに近くなり、また、高齢者は重症化するリスクが高いということもあり、スーパーに買物に出かける以外は基本的に自宅で過ごすようになりました。不自由な生活ではありましたが、医療関係者のみならず社会にとって欠かせない仕事をしておられる方が多数いらっしゃることを改めて認識できました。それらの方は自宅に籠るわけには行かず、感染の危機がある中でも仕事を継続させるために活動しなければならない。我々はそうした方々への感謝の気持ちを今後も忘れてはならないと思っています。

 

さて、私にとっては、新型コロナ肺炎(以下コロナ)の世界的な流行は初めてのパンデミック体験でした。SARSが流行した時は、サカタのタネの監査役でしたので、流行が拡大した時の対応について役員会で検討したことがありましたが、幸いSARZは日本では大きな流行を免れ、専ら、海外への出張者あるいは海外の従業員への対策だけで終了しました。

 

しかし、今回は全く様相が異なります。短時間で世界的に感染が広がり、日本でも、当初はクルーズ船の話と思っていたのがあっという間に各地で感染者が出始めて、私も特に東京の状況には大きな不安を覚えました。緊急事態宣言が出された後は、殆ど自宅にいましたが、有り余る時間を使って、まとまった仕事をしようとするほどの気力はなかなか起きず、この事態の中で、日常を過ごすうえで感じたことや、今後、収束に向かう段階で議論になるだろうことを考えていました。もっとも、考えたことの範囲が様々なので、ここでは、もし、今、私が企業の現場にいたら、この危機対応をどうするだろうという観点に絞ってお話してみます。考えてみて思ったのは、危機対応については、経営の観点からの大きな課題と現場の実務に関する細部にわたる問題に分かれるということです。経営の観点からの課題はもちろん、現在生じている事柄も多いですが、それには既に各社の状況に応じて対応されているでしょう。また、経済・経営の今後に大きくかかわることについては、緊急事態宣言は解除されたとは言え、この事態の収束の状況がもう少しはっきりしてからでないと分からない部分が多いので、それは改めてお話をさせて頂きたいと思います。

 

ということで、今回は、コロナの蔓延に伴って、日常的、実務的に考えていることについてお話します。スケールは全く違いますが、コロナの蔓延は30年以上前に私が銀行の支店長をしていた時に、支店にインフルエンザが流行ったことを思い出させました。発端は、私と同年代の事務担当課長がインフルエンザに感染し、熱があるにもかかわらず出社し、支店職員の半数以上が感染してしまったことがありました。私が若いころは熱があっても、這ってでも出社することが美徳のように言われていて、課長の行動・思考過程も理解できないわけではありませんでしたが、この行動が支店全体には多大な影響を及ぼしました。私と副支店長はたまたまインフルエンザの予防注射をしていたので、幸い感染しませんでしたが、他の職員は予防注射をしていませんでした。結果として事務の行員を中心に半数近くがインフルエンザに感染しました。日常業務をこなすだけでも、ぎりぎりとなり、支店を閉鎖することも考えたのですが、当時の実情からすると、本部が承認するとは思えませんでしたし、高齢者が多い地域でしたので、風評被害も頭をかすめました。とりあえず、営業職員の営業活動を大幅に縮小して事務をカバーすること、パートを含め感染を免れた職員に至急予防注射をするように指示しました。その際、パート職員の代表から「支店長からのご指示で予防注射をするのですから、予防注射の代金は銀行で負担して頂けますね」という確認がありました。実は、そこまで気が回らず、注射代金の負担は全く考えてもいませんでした。でも言われてみると、パートさんの当時の給料からすれば、予防注射の代金もそれなりに大変だったのです。代金はもちろん銀行負担としましたが、当然のことであっても、前例のないことをやろうとすると、それに伴って考えても見なかったことが生じることを学びました。

 

この時たまたま読んだ本で「神は細部に宿る」という言葉に出会いました。それまで、銀行の現場の管理者の経験は浅く、本部組織の経験が長かったこともあり、銀行にとって重要なことは現状を総括的に把握し、将来を予測し、そのための対応を考えることにあると考えていました。すなわち「神は中心に宿る」と考えていました。確かに全体としての方向性などを考えることは重要ですが、銀行がサービス業である以上、顧客へのサービスや従業員の安全をベースとした実務的な思考も無視することはありえない「神は細部に宿る」というアプローチ、言葉を換えれば、細かな配慮を怠らないことも重要だと気が付きました。特に、想定外のことが生じた場合には、「大枠、前例、あるべき論」だけでは処理できないこともあります。細部を考えるということは、相手の立場に立ってものを見るということにも通じます。物事の全体的な展望と実務的な思考のバランスを取った行動を考える「神は細部に宿る」が私のリスク管理・リスク対応の考え方の基本となったのは、この時以来です。

 

今回のコロナの蔓延については、様々な発言などがなされていますが、細かいことで、気になることがいくつかあります。例えば、コロナの蔓延は大ピンチだが、このピンチは日本のこれまでの社会の在り方を変えるチャンスととらえることが出来るという発言です。特に「働き方改革」、「テレワークの推進」、「印鑑と書類の廃止」についてIT関連企業や一部の専門家やマスコミを中心によく言われることです。企業経営者が社内に向けて、今後の方針として、これらのことを示すのは全く問題ないと思いますが、社外に向けて不用意に発言することは慎重であるべきだと思います。世間には様々な立場の人々がいます。コロナの直接的な影響を受けた方やその身内の方はもちろん「働き方改革」、「テレワークの推進」、「印鑑と書類の廃止」などについても、万事が良い方向に進むとは限らない、実現には様々なハードルがあると今回経験してみて、そう思う人も多くいます。また、これが進むことによって、マイナスの影響を被る人もいます。

 

進めるべき、進むに違いないという主張には、これらが実現出来るような環境整備を図るべきだという注釈が付くことも大部分ですが、具体的にその環境整備をどう進めていくのかについては言及されることが少ないと感じています。ここで、一気に進めていかなければ、また、元の状態に戻るだけという危機感があるのかもしれませんが、それならば、なおさら、実現するための環境をどのような段階を踏んで整備するのかをきちんと示す必要があります。まして、「印鑑と文書の契約を廃止出来ない取引先とは取引をしない」などという発言は明らかに行き過ぎではないかと思います。私の考え方は、従来の考え方にとらわれたネガティブな考え方だと批判を浴びそうですが、コロナが蔓延し、緊急事態宣言が出されるような状況の中では、世間には特に様々な立場の人々がいるということに細心の注意を払って行動・言動をする「神は細部に宿る」というのは、企業のリスク管理・リスク対応としては当たり前のことだと私は考えます。

 

話の中味は少し違いますが、対外的な発言には細心の注意が必要だということについては、私が銀行の広報部長を勤めていて、不祥事の記者会見を何回もやったのですが、その際に、週刊誌の編集長から言われたことが今でも記憶に残っています。彼は「正確には内容を把握していないことを聞かれたら、現状分からない。改めて調べて回答すると答えろ」とアドバイスしてくれました。最初に聞いた時は当たり前だと思ったのですが、実際に記者会見の場に立ってみると「知らない。分からない」と答えることが如何に難しいことが分かりました。「知らない。分からない」と答えると「調査がずさんだ」という批判が必ず返ってきます。そうすると、これまで話してきたことが全面的に否定されたような気がして、正確に調査はしていないが、自分が思っていることをとりあえず答えたいという誘惑にかられます。でもこの発言が事実とは違う場合には、虚偽の発言、事実を隠ぺいしたということになってしまうのです。格好が悪いと思っても、現状分からない。改めて調べて回答すると答えることがリスク管理・対応では必要だとつくづく感じた次第です。

 

長くなりましたので、次回も、私の経験したこと、東日本大震災や今回のコロナで学んだこと、最近の事件で不思議に思うことなどについて、お話してみたいと思います。

2017.02.13-22

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