竹下産業株式会社

コラム TAKESHITA SANGYO

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コラム 賢人の思考 ~物には名前がある その2~

2022.06.06

2017.02.13-22

前回の続編として石川雄一先生に「物には名前がある その2」というテーマでコラムを書いていただきました。

弊社は「情報廃棄のタケシタ」というブランディングで、社名を発信しながらビジネスをさせていただいております。社名に恥じないようにするため、日々謙虚であることを忘れないように努めます。

石川先生は名前と、SNS等で氾濫する匿名の違い、情報のとらえ方について論じてくれています。みなさまにも関係することだと思いますので、ぜひご一読ください。

 

※タケシタが謙虚を忘れないために毎日行っていることは、下記URL動画から視聴できます。

https://www.youtube.com/watch?v=2AZ3fj2mlHs&t=1310s

 

 

【著者】

石川 雄一氏

石川 雄一 氏

 

【プロフィール】

慶應義塾大学経済学部卒業後、東京海上火災保険株式会社(現:東京海上日動火災保険㈱)に入社。主に国内営業畑を歩み、近畿業務推進部長、札幌中央支店長などを歴任

55歳で自動車メーカー保険代理店の常務取締役となり、経営と人材開発に尽力

退任後、大型自動車メーカー関連会社参与を経て退職

 

2017年に立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科入学し、2019年3月に修士課程修了。MBA(経営学修士・社会デザイン学)

現在立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科博士課程に在籍し、企業組織に関する研究の傍ら、セミナー講師など精力的に活動している

 

 

テーマ 物には名前がある その2

 

前回モノやコトには名前があり、それによって私たちはその実態を理解する、また名づけ=ラベリングによって「事実」は創り出されるというお話をした。言い換えると、名前から伝わる概念がその中身を伝えるということである。

 

人の名前も同様である。今世界的に脚光を浴びている名前は「ウラジーミル・プーチン」である。今後の展開が読めないのでコメントしづらいのだが、当面は間違いなく地球上で最も有名な名前だろう。プーチンに関する多数の様々な情報は、あらゆるチャネルに溢れかえっているが、それぞれの真偽を明らかにすることは不可能だ。しかし世界中の人はいま、入手できる情報に基づいてプーチンという名前の概念を創造している。例えば、現代のヒトラーというように。

 

 あなたの親しい誰かの名前を思い浮かべてほしい。仮に「Aさん」とする。「Aさん」という名前に対するイメージはどのようなものだろうか。あなたの持つセンサーが受け止めた、さまざまな情報の総体により創られた「Aさん」があなたの中に存在している。優しい、厳しい、怖い、鋭い、明るい、暗い、包容力がある、懐が深い、ずるい、強い、弱い・・・では、それらは「Aさん」自身を正しくとらえていると明言できるだろうか。

 

あなたは「Aさん」と、これまで何時間を共に過ごしてきたのか。どれだけ深い対話を経ているのか。そのイメージは、実際あなたが直接受け止めたものなのか、誰かほかの人から得た情報に基づくものではないのか。見た目の印象で補強されてはいないだろうか。

 

第一印象がそのまま変わらずにいる人もいれば、そこから大きく変わる人もいる。情報が少しずつ積み重なり補強されて、「Aさん」という名前はあなたの中に存在しているのだ。

 

では次に、「Aさん」をあなた自身の名前に置き換えて考えてみよう。あなたの名前、仮に「B」は、あなたに関係する人々が、それぞれ入手した情報によってその概念がつくられている。「B」は勤勉で真面目な人なのか、野放図で愉快な人なのか、慎重派か活動的か、つきあい方の程度や場面などによって変わるだろう。子供の頃からの知り合いか、最近仕事上で始まった関係かによるし、あなた自身が場面によってキャラクタを変えているかもしれない。「B」の本当の姿はどのようなものなのか、はたして「真のあなた」は伝わっているだろうか。あなた自身は、「B」という名前をどのように捉えているのだろうか。その名前の社会的価値はどのようなものなのだろうか。いずれにせよ、それは人との関係性によって育まれてきた「B」という名前の概念である。

 

人は名前の持つ概念によって、その行動や言動が制限され縛られていることに気づく。あなたは、取り巻くすべての人々の「名前に対する期待」を裏切ることができない。その重みから逃げたくなることもあるだろう。しかし大半の人は、逃れることはできないのだ。リンカーンは「顔に責任を」といったが、誰もが自分の名前に社会的責任を有しているのだ。人は自分の名前の概念を変えるために生きているとも言えるだろう。

 

このように考えてくると、匿名性の意味や問題点が理解できる。匿名者は発する言葉に責任をもっていない。SNS上を飛び交う匿名の言葉たちは、私たちの社会における関係性やコミュニケーションとは異なるカテゴリーに存在している。ならばそれを人の意見として取り上げたり、それに影響されたりする理由も必要もないものと考えられないだろうか。匿名は人の意見と認定することはできない。なぜなら、名前がないのだから。空っぽなのだから。コロナ禍において、またウクライナ侵攻という事態に直面して、私たちはあまりにも多くの不確かな情報に影響されすぎてはいないだろうか。

 

ある寓話を思いだす。秘密事を腹にしまい込み、おし殺していたものの、どうしても我慢ならなくなった。そこで裏庭に穴を掘り、穴の底に向かって叫んだ。するとその秘密はアッと間に世間に知れ渡ってしまった。

 

事実よりも噂、「誰にも言わないで」というお願いは、話を広める効果抜群である。私たちはいつも、発出できない言葉や思いを、胸にしまい込んで生きているのかもしれない。

2017.02.13-22

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