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コラム 賢人の思考 ~コロナ禍の自粛生活で考えたこと、その2~
2021.06.10
2021.06.10
大学院の恩師に研究のことを相談する中でよく「事物の表面だけを観るのではなく、その事物の深いところまで観たり、違った方向から観たりと、常に複眼的な視点で観察しなければならい」と私に対して言われています。複眼的な視点で観察しないと真理(本当のこと)が見えないという意味だと解釈しています。今回の八星篤先生のコラムを読み、改めて複眼的視点の大切さを感じました。皆様もどうかご一読ください。
○著者プロフィール
つくだ社会科学研究所
代表 八星 篤(はちぼし あつし)氏
1972年 東京大学経済学部卒業
1972年 第一勧業銀行入行
1996年 広報部長
1997年 企画室長
1998年 横浜支店長
2000年 執行役員調査室長 兼 第一勧銀総合研究所専務取締役
2002年 みずほ銀行執行役員調査部長 兼 みずほ総合研究所専務取締役
同年 みずほ銀行退職
2003年 株式会社サカタのタネ監査役(社外)就任
2008年 株式会社サカタのタネ取締役(社外)就任
2013年 株式会社サカタのタネ取締役辞任
現在、危機管理、経済・金融等の講演・研修活動に従事 。なお、八星氏は高杉良著「金融腐食列島」シリーズの登場人物のモデルの一人と言われている(八星氏が第一勧業銀行総会屋事件時の広報部長時代がモデル)。
○テーマ
「コロナ禍の自粛生活で考えたこと、その2」
「統計資料があれば主張は客観的か?」
今は世の中の動きが速いので、これらの話も既に旧聞に属するかもしれませんが、私にとっては興味をそそるテーマだったので、あえて取り上げてみたいと思います。
5月9日高橋官房参与(当時)が各国の感染者数を比較するグラフを添え「この程度の『さざ波』これで五輪中止とかいうと笑笑」とツイッターに投稿しました。この投稿に対して、各方面から批判が高まり、国会でも「治療を受けられずに亡くなる方がいらっしゃる中、こうした認識の方が政策決定に関与していることは大問題だ」として、菅総理の見解が求められました。総理は「高橋さん個人の主張について、私から答弁することは控えるべきだろう。高橋氏とは経済見通しや経済運営、そうしたものを以前から相談している。五輪のことについてはまったく相談をしていない」と答弁しました。高橋氏はユーチューブで11日「さざ波」とした表現を「不快というのだったら別の言い方をするのは構わない。客観的に分析したいだけだから」と主張し、「笑笑」は「こういうふうな感染のない状態で、仮に日本が中止といったら世界から笑われるだろう、という意味です」とコメントしました。私はこの一連の発言にはもちろん反対です。その上で、ここでは、私は、この投稿を「発言・意見等を読む場合に慎重さが求められる」という観点から取り挙げたいと思います。具体的には、統計資料を添付して議論を展開することが必ずしも「客観的に分析する」ことを意味しないという観点です。
私はかつて銀行の調査部に在籍していた時に、上司から貴重な教えを受けました。それは「統計資料を使ったからといって、それだけで、主張が客観性を持っているという証明にはならない。とかく、先に自分の主張があって、それに見合う資料を探してくるということをやりがちだ。統計資料を虚心坦懐に読むこと、その結果が自分の主張と適合しない場合には、自分の主張を別の角度から見直すことが重要だが、これは実際には相当難しいということを頭に叩き込んでおきなさい」というものでした。その上で、彼は全く同じ統計資料を使って、正反対の主張が可能なことを、実際にやって見せてくれました。
上司ほど的確にできるかどうか自信はありませんが、私も高橋氏が使った同じ資料に基づいて、正反対の主張をしてみたいと思います。もっとも、私はツイッターを使わないので、高橋氏が使用した資料そのものを見ることが出来ず、新聞記事等からの引用になることをあらかじめ、お断りしておきます。報道によれば、高橋氏は、米英・欧州等の主要国と日本との感染者の比較を使いながら、日本の感染者数を「さざ波」と言って、これで五輪中止とかいうと笑笑と結論付けました。しかし、この資料はあくまで、その時点までの感染者数の推移を示したものにすぎません。コロナウィルスについては、感染者数が一気に増加するリスクがあることがよく知られています。例えばインドの1日の感染者数は2月上旬には13,000人程度でしたが5月上旬には400,000人を超え、3カ月で実に30倍になりました。変異株の影響が大きいとはいえ、過去及び現時点での感染者数の統計比較だけで「さざ波」と断言するのは、コロナウィルスについては、客観性を欠くと言えます。同じ資料を使っても「現時点の比較ではこうなっているが、日本の状況が安心・安全と言えるものでは無い。急激な感染拡大が起こる可能性もあり得るので、人流の抑制など引き続き十分な対策が必要で決して「さざ波」ではない」と結論付けることが出来ます。これに、各国のワクチン接種率の比較表を付け加えれば、さらにこの主張は客観性と妥当性を増すと思います。要するに、高橋氏は「データに基づいて客観的に分析した」のではなく、「この程度の『さざ波』これで五輪中止とかいうと笑笑」という結論が先にあって、それに見合う資料を添付して、客観性を装ったと思います。
今回の高橋氏の主張は、何があっても東京オリ・パラを開催すべきだと思う特定の人々を除けば、頭を捻らざるを得ない不可思議な内容だったため、支持は得られませんでした。「『笑笑』は『こういうふうな感染のない状態で、仮に日本が中止といったら世界から笑われるだろう』と言う意味だ」という発言に至っては、いったい、誰がどんな理由で笑うのかという説明もない意見であり、しかも多数の死者や重症者がいるコロナ感染に関して「笑笑」と言う言葉はいかにも不見識だとして強烈な批判を浴びました。
高橋氏の主張は極端でしたが、統計数字を使うという手法は、自説を主張したいときに、比較的頻繁に使われる手法です。もちろん、高橋氏のような、あからさまな書き方では無く、もっと巧妙に統計資料を使い、あたかも客観的な数字から導き出されたように、結論に誘導するのが一般的です。統計資料があって説明されると、その主張が客観性を持っているように感じるのは普通の感覚です。とりわけ、その分野の専門家が、この手法を使うと、何となく納得させられるような気がします。もちろん、統計資料を頭から無視すること自体は、誰が何と言っても、自分の考え方・言い分は正しいという独善的な思考につながりますから、謙虚に資料を見ることは重要です。しかし、統計資料で説明してあるからといって、それに基づく論者の言い分が正しい思うのも危険です。読み手は注意深く読むことが必要です。結論に見合う統計資料を使うことによって、世論を操作しようとする人も多いからです。
「文章を書き、公表する(他の人に見せる)前に、一呼吸置く」
次は、書くことについて慎重さが必要ということについて、最近感じたことです。
SNS等では、ともかく何か思ったら書くことが当たり前になっていますが、業務上の文書や顧客へのメール等では慎重さが求められます。出す前に読み直し、少し間を置くことが必要です。私が気付いた事例を紹介しましょう。
女子テニスの大坂なおみさんが5月30日開幕の全仏オープンの数日前に、記者会見に応じない意向を示し、1回戦に勝利した後で記者会見を欠席し、1万5000ドルの罰金を科されました。その後、グランドスラム4大会の主催者が共同で声明を出し、メディアへの対応義務を怠り続けた場合は大会から失格になる可能性があること、多額の罰金や今後のグランドスラム出場停止などのより厳しい制裁を下すこともあると通告しました。
大坂なおみさんは5月31日にSNSに、これまでの経緯についてより詳しい背景を説明し、2018年の全米オープン初優勝以来、ずっとうつに苦しんでいることを明らかにするとともに「全仏オープン」を辞退すること、しばらくコートから離れることなどを表明しました。この後、大坂さんが、うつを告白したことの勇気などについて称賛の声が高まり、主催者側も一転してメンタルヘルスに取り組んでいることや大坂選手の回復と復帰を願っている等のコメントを出しました。もちろん「うつであることを先に言えばよかった。後出しじゃんけんだ」という批判もありましたが。うつであることを自ら告白することのつらさを考えれば、この批判は厳しすぎると思います。
様々な意見が主としてSNSやTV等で出されましたが、私は6月1日に大手新聞の1面のコラム欄でこれを取り挙げたものに注目しました。コラムの概要は「3年前の大相撲で横綱を破った力士の勝利者インタビューの最中、この力士が『もう帰っていいすか。きのう誕生日だったお母さんに早く報告したい』と言って中途でやめた例を、ほほえましい事例として冒頭に述べています。その後、大坂なおみさんの記者会見拒否の経過を紹介し、最後に『さよなら、せいせいした』という彼女のコメントを掲載して「『帰っていいすか』に比べ、何と手触りの冷たいことか」で締めくくっています。
ここからは私の想像ですが、6月1日の朝刊掲載ということは、5月31日の大坂さんのSNSでの詳しい説明、特に「うつ告白」の部分は見ていない可能性が高いと思います。力士の話は3年前の話だそうですから、いつかどこかで使おうとずっとあたためていたのかもしれません。そして、大坂さんのコメントを見て、この2つを対比すれば良いコラムになると思ったのでしょう。もし「うつ告白」を見ていたら、少なくとも「何と手触りの冷たいことか」という表現はしなかったと思います。しかし、一度書いてしまったものは、もとには戻せません。大坂さんのこれまで発言から見て、背景にもっと何かあるかもしれないと考えて、もう少し待つという慎重さが必要だったと思いますが、あたためていた材料にマッチした状況に、自らが陶酔してしまった感があります。
文章に限らず、企業活動等でも「これは絶好と思うところに、かえって落とし穴がある」とよく言われ、素晴らしいと自分が思うものほど、注意深く検討しなければならないとされています。
書くことも同じです。この怖さを、私も改めて思い知り、自戒しなければと考えています。
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竹下産業の広報部からのレポートです!
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